ミュージアムとは?博物館法とICOM定義でわかる、動物園から美術館までの共通点

「ミュージアム」という言葉を、私たちはふだん美術館の意味で使っています。 ところが、その語源は2,000年以上前のギリシャの女神にさかのぼります。
ミュージアムとは、資料を集めて守り、研究し、展示して人々に伝える施設のことです。 日本の博物館法では、美術館や博物館だけでなく、動物園・水族館・植物園・科学館もこの定義に含まれます。
この記事では、museumという言葉のはじまりをたどり、日本の博物館法を読みます。 そのうえで、2022年に生まれ変わったICOM(国際博物館会議)の定義まで見ていきます。
とくに新しい定義には、2007年の定義になかった言葉がいくつも加わりました。 その中身は、記事の後半でくわしく取り上げます。

ミュージアムの語源をたどる
女神ムーサに捧げられた聖域だった
museumという英語は、ラテン語のmuseumをへて、ギリシャ語のムセイオン(mouseion)にたどりつきます。 意味は「ムーサたちの座」にあたります。
ムーサ(Muses)とは、ギリシャ神話で学芸をつかさどる9人の女神を指します。 彼女たちが受け持ったのは、叙事詩、歴史、音楽、悲劇、天文などでした。
ムーサの母は、記憶の女神ムネモシュネです。 つまりミュージアムという言葉は、その根っこに「記憶」と「学芸」を抱えているわけです。 ただ、生まれたときの意味は現代のミュージアムとはほど遠く、女神に捧げられた聖域そのものでした。
アレクサンドリアのムセイオンは研究所だった
古代でもっとも名高いムセイオンは、紀元前3世紀ごろ、エジプトのアレクサンドリアに置かれました。 プトレマイオス朝の王たちが築いたもので、すぐ隣にはアレクサンドリア図書館がありました。
ただし、ここは絵や標本を並べて見せる場所ではありません。 各地から招かれた学者が寝起きし、議論し、研究にふける共同体でした。 幾何学のエウクレイデスや、地球の大きさを測ったエラトステネスも、この知の拠点に連なります。
当時のムセイオンは、いまのミュージアムより大学や研究所に近い姿をしていました。
資料を展示して一般に見せる形が現れるのは、ずっとあとになります。 1683年に開いた英オックスフォードのアシュモレアン博物館(外部サイト)が、世界で最初の公開博物館のひとつとされています。
museumという言葉は、2,000年かけて少しずつ扉を開いてきました。 女神の聖域から学者の研究所へ、そして誰もが入れる場所へと広がったわけです。
「ミュージアム」「博物館」「美術館」は何が違うのか
言葉のなりたちがわかったところで、日常で混ざりやすい3つの呼び方を整理しておきます。
まず「ミュージアム(museum)」は、英語では美術館も博物館も動物園も含む広い言葉です。 日本語の「博物館」は、これに近い意味を持ちながら、同時に博物館法という法律の用語でもあります。
一方「美術館」は、博物館の一種です。 文部科学省の社会教育調査では「美術博物館」という区分に入り、絵画や彫刻などの美術資料を扱う館を指します。
つまり3つは横に並ぶ関係ではありません。 ミュージアムという広い器の中に博物館があり、そのさらに内側に美術館があると考えると、関係がつかみやすくなります。
日本語では美術館と博物館を呼び分ける習慣が強いため、両者は別物のように感じられます。 けれども制度のうえでは、どちらも同じ枠組みの中にいます。
日本の博物館法が動物園を博物館と呼ぶ理由
鍵は「保管(育成を含む。)」の一言
日本の博物館法は1951年に生まれました。 その第2条第1項は、博物館をこう定めています。
「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、併せてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(社会教育法による公民館及び図書館法による図書館を除く。)のうち、次章の規定による登録を受けたものをいう。
— 博物館法第2条第1項(e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC1000000285)
注目したいのは「保管(育成を含む。)」というかっこ書きです。 生きた動物や植物を育てることも、資料の保管にあたるという意味になります。 だから動物園・水族館・植物園も、法律のうえではれっきとした博物館の仲間です。
ただし、条文の末尾には「登録を受けたものをいう」とあります。 つまり法律上の「博物館」を名乗れるのは、登録を済ませた館だけです。
登録博物館、指定施設、博物館類似施設
日本のミュージアムは、制度のうえで3つの層に分かれています。
まず登録博物館は、博物館法にもとづく審査を受けて登録された施設です。 次の指定施設は、登録の要件までは満たさないものの、同等の活動をしていると認められて指定を受けた施設を指します。 なお指定施設は2022年の法改正で生まれた呼び方で、それ以前は「博物館相当施設」と呼ばれていました。
3つ目の博物館類似施設は、登録も指定も受けずに、博物館と同じような活動をしている施設です。 実は日本のミュージアムの大半がここに入ります。 具体的な数は記事の後半で見ていきます。
2022年の改正で加わった役割
2022年の博物館法改正は、2023年4月1日に施行されました。 この改正で第3条に、文化観光の推進などを通じて地域の活力を高めるよう努める、という規定が加わります(文化庁・博物館法改正関係法令(外部サイト))。
資料を集めて守るだけでなく、地域とともに動くことも役割として書き込まれたわけです。
ICOMの定義は2022年に何を書き加えたのか
まず、新しい定義を読む
博物館とは何かという問いに、世界の博物館関係者が共有する答えを出しているのが、ICOM(国際博物館会議)の定義です。
ICOMは1946年に設立された国際非政府組織で、博物館の定義や職業倫理規程づくりを担っています。 その定義は2022年8月24日、プラハで開かれた臨時総会で改定されました。 ICOM日本委員会が2023年1月に確定した日本語訳は、次のとおりです。
博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。
— ICOM日本委員会「新しい博物館定義、日本語訳が決定しました」(https://icomjapan.org/journal/2023/01/16/p-3188/)
2007年の定義と比べてみる
これまでの定義は2007年に決まったもので、日本語訳はこうでした。
博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育、研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である。
— ICOM 2007年定義(日本語訳)
並べて読むと、新しく入った言葉がはっきり見えてきます。 2022年に加わったのは、「解釈」「誰もが利用でき」「包摂的」「多様性」「持続可能性」の5つです。
「倫理的かつ専門性をもって」「コミュニティの参加」「省察」「知識共有」も、新しく入りました。 言葉の数だけ見ても、定義がずいぶん厚くなったのがわかります。
とくに大きいのが「コミュニティの参加」です。 2007年の定義で博物館は、遺産を集めて見せる側に立っていました。 ところが新しい定義では、地域の人びとと一緒に活動する存在として書かれています。
逆に、消えた言葉もあります。 2007年にあった「その環境」という語はなくなり、扱う対象は「有形及び無形の遺産」に絞られました。 「社会とその発展に貢献するため」も、「社会のための」という簡潔な言い方に置き換わっています。
京都での見送りから、プラハでの採択まで
この改定は、すんなり決まったわけではありません。
2019年、ICOMの京都大会で新定義案が採決にかけられる予定でした。 ところが、異論が相次ぎます。 「定義というより理念の宣言に近い」という声が出て、投票延期の動議が7割の賛成で可決されました(ICOM日本委員会「ICOM博物館定義の再考」(外部サイト))。
その後、専門委員会ICOM Defineが4回の意見聴取を重ね、最終的に2つの案まで絞り込みます。 2022年のプラハ大会では、賛成487・反対23・棄権17という約92%の支持を得て、いまの定義が採択されました。
3年の議論を経て残ったのが、「包摂性」と「コミュニティの参加」でした。 いまの博物館が向かおうとしている方向は、ここによく表れています。
ミュージアムは社会に何をしているのか
では、ミュージアムは社会にとってどんな働きをしているのでしょうか。 役割はいくつもありますが、ここでは大きく4つに分けて紹介します。
社会の記憶を預かる
語源をたどったとき、ムーサの母が記憶の女神だったのを思い出してください。 ミュージアムの一番の仕事は、社会の記憶を未来へ手渡すことです。
土器も、絵画も、絶滅危惧種の標本も、いったん失われれば二度と戻りません。 だからこそ、集めて、守り、記録する地道な営みが要ります。 この積み重ねが、次の世代が過去にアクセスできる前提をつくっています。
誰でも学べる場をひらく
博物館は法律のうえで、学校とは別の「社会教育施設」に位置づけられています。 年齢も肩書きも問わず、入館料だけで一次資料に触れられる場所は、案外そう多くありません。
たとえば、夏休みの自由研究に通う小学生も、退職後に古代史を学び直す人も、同じ展示室に立てます。 生涯学習の入り口として、ミュージアムは静かに機能しています。
地域の力になる
先に触れたとおり、2022年の博物館法改正では、地域の活力を高める役割がはっきり書き込まれました。 ミュージアムはその土地の歴史や自然を語る顔になり、人を呼び、まちのアイデンティティを支えます。
小さな郷土資料館の閉館が地元で惜しまれるのは、建物が消えるからではありません。 そこに積み上げられた記憶が、行き場を失うからです。
生きものと自然を守る
動物園・水族館・植物園は、展示だけの施設ではありません。 絶滅のおそれがある種の繁殖に取り組み、野生復帰をめざし、生態の研究を積み重ねています。
ここでも「保管(育成を含む。)」が効いていて、生きた資料を守ることが、そのまま自然の保全につながります。 だから展示は、その入り口にすぎません。 ガラス越しに見るあの一匹も、種の未来をつなぐ研究の一部です。
(※編集メモ:記事「動物園も美術館も、社会の装置である。ミュージアム種別ごとの社会的意義」へ内部リンクを設置)
日本にミュージアムはいくつある?
文部科学省の社会教育調査は、3年に1度おこなわれています。 最新は令和6年度の調査で、2024年10月1日現在の数字です。
これによると、日本の博物館は1,346館、博物館類似施設は4,426館でした。 合わせて5,772館になります(社会教育調査 令和6年度 結果の概要(外部サイト)、確定値は2026年3月27日公表)。
このうち博物館法にもとづく登録博物館と指定施設は、全体の2割ほどにとどまります。 残る約8割は、登録も指定も受けずに活動している計算です。
学芸員の数も見ておきましょう。 同じ調査では、博物館に5,618人、博物館類似施設に3,824人が配置されています。 1館あたりに直すと1人から2人という規模で、収集も研究も展示もこの人数で回している館が少なくありません。
なお5,772という数は、多いようでいて実はそうでもありません。 全国のコンビニは2026年5月時点で56,132店ありますから、ミュージアムはおよそ10分の1です。 近所にひとつあれば幸運なほうだと言えます。
ペレログがすべてを「ミュージアム」と呼ぶ理由
ICOMの定義にも博物館法にも、「絵画だけ」「標本だけ」といった線引きはありません。 集めて、守り、研究し、見せて、伝えるという営みを分かち合うかぎり、動物園も美術館も地続きの存在です。
だからミュージアム応援アプリ「ペレログ」は、館種で線を引かずに、すべてをひとつづきの「ミュージアム」として扱います。 めぐる対象としても、応援する対象としても、区別をつけていません。
なお施設情報の検索では、館種を10に分けて整理しています。 総合、科学、歴史、美術、動物園、水族館、植物園、動植物園、動・水・植物園、野外博物館の10区分です。 入り口として館種で絞り込めるようにしているだけで、どれかを上に置いているわけではありません。
女神に捧げられた言葉が2,000年かけて広げてきた扉を、もう一段だけ広く開けてみたいと思っています。 この呼び方には、そんな気持ちを込めました。
ぜひ「ペレログとは?ミュージアムをめぐり、集め、応援する(外部サイト)」もご覧ください。
ペレログとは?ミュージアムをめぐり、集め、応援する
ペレログは、動物園・水族館・植物園・博物館・美術館・科学館などのミュージアムを「めぐり」、訪問の記録を「集め」、施設を「応援する」ためのプラットフォームです。その目的と仕組みをご紹介します。
perelog.com(外部サイト)
よくある質問
動物園や水族館は本当に博物館なのですか?
はい、博物館法の定義に含まれます。 根拠は第2条第1項の「保管(育成を含む。)」という文言で、生きた動物の飼育や育成も博物館の機能として位置づけられています。
「ミュージアム」の語源は何ですか?
ギリシャ語のムセイオン(mouseion)で、学芸をつかさどる女神ムーサに捧げられた場所を意味します。 古代アレクサンドリアのムセイオンは研究所に近い施設で、展示を中心とするいまの形が現れたのは17世紀ごろです。
学芸員はどんな仕事をしているのですか?
博物館法第4条第4項は、学芸員を「博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」専門的職員と定めています。 展示の企画だけでなく、収蔵品の管理から調査研究まで担う職種です。
植物園や科学館も博物館なのですか?
はい、どちらも含まれます。 植物の育成も「保管(育成を含む。)」にあたり、科学館は自然科学系の博物館に分類されます。
ICOMとはどんな組織ですか?
世界の博物館関係者が加盟する国際非政府組織「国際博物館会議」の略称です。 1946年に設立され、博物館の定義づくりや職業倫理規程の策定などを担っています。
まとめ
定義と語源を知ってから訪れると、ゾウの飼育も一枚の絵の展示も、同じ「社会のための営み」に見えてきます。
2022年のICOM定義に加わった「コミュニティの参加」は、来館者もその営みの一部だと言っているようにも読めます。 だとすれば、次の休日にどこかの扉をくぐることも、立派な参加になります。
※本記事の法令および統計は、2026年7月時点で公表されている情報にもとづいています。