博物館が閉館するとどうなる?生きもの・収蔵品の行方と国内の事例
閉館した博物館の収蔵品や、水族館・動物園の生きものはどこへ行くのでしょうか。国内の閉館・休館事例と引き継ぎ先、市民の声から再出発した到津の森公園をたどります。
執筆 ペレログ編集部

目次
「いつか行こう」と思っていた博物館が、次に調べたときには閉館していることがあります。その後、展示していた物や生きものはどこへ行くのでしょうか。別の施設へ引き継がれる場合もあれば、保存先や受け入れ先の調整が続く場合もあります。
この記事では、博物館・美術館に加え、水族館・動物園・植物園の事例をたどります。閉館した場所へ来館を勧める記事ではありません。2026年9月9日確認の情報をもとに、閉館・営業休止と、その後の活動を分けて紹介します。
閉館・休館・移転を分けて確かめる
「閉館」という言葉は、一日の営業終了時刻にも、施設としての営業終了にも使われます。この記事で扱うのは後者です。一方、改修などで一時的に展示を止める休館や、別の場所へ活動を移す移転は、その後の見通しが異なります。名称だけで判断せず、運営者の告知で対象施設と日付を確かめましょう。
休館中に作品の貸し出しが続くこともあり、所蔵品があることと、その館で鑑賞できることは別です。古い紹介記事の営業時間やチケット情報よりも、施設・運営会社・自治体が出している現在の案内を優先してください。
閉館後、生きもの・資料・記憶は別の道へ
水族館・動物園|生きものは受け入れ先へ移る
犬吠埼マリンパーク(千葉県銚子市)は2018年に閉館しました。当時の銚子市の回答には、施設が生きものの引き取り先と交渉していることや、イルカ「ハニー」の体調に配慮した移送が課題になっていたことが記されています。閉館した日に動物の世話が終わるわけではないと分かる記録です。
外部リンク
銚子市|犬吠埼マリンパーク閉館当時の動物の処遇に関する回答
www.city.choshi.chiba.jp / 外部サイトへ移動します
みさき公園(大阪府岬町)は、南海による動物園・イルカ館などの営業を2020年3月に終えました。運営会社は長年の赤字や台風被害を背景に事業から撤退。動物園としての営業終了と、敷地を都市公園として残す取り組みは別で、岬町は2026年も新たな公園の整備・運営を検討しています。
外部リンク
岬町|新たなみさき公園の整備に向けて
www.town.misaki.osaka.jp / 外部サイトへ移動します
志摩マリンランド(三重県志摩市)は2021年3月31日に営業を休止し、京急油壺マリンパーク(神奈川県三浦市)は同年9月30日に閉館しました。両運営会社が挙げたのは、建物・設備の老朽化です。京急は閉館発表時、動物の移譲が完了するまで飼育と施設管理の体制を維持すると説明しました。なお、志摩の公式表記は現在も「営業休止」です。
外部リンク
近鉄|志摩マリンランドの営業休止
www.kintetsu.co.jp / 外部サイトへ移動します
外部リンク
京急|油壺マリンパークの閉館と動物の移譲について
www.keikyu.co.jp / 外部サイトへ移動します
博物館・資料館|資料は残っても、展示の文脈は変わる
東京・神田の交通博物館は2006年に閉館しました。鉄道を中心とする資料の多くは、翌年さいたま市に開館した鉄道博物館へ引き継がれています。閉館がコレクションの終わりではなく、新しい展示の始まりになった例です。
この記事の3施設は「行きたい」に保存できます。訪れたらアプリでスタンプが押せます。
逓信総合博物館は、大手町の再開発に伴い2013年8月31日に閉館しました。その歩みを受け継ぐ郵政博物館は、2014年に東京・押上で開館しています。一つの建物で郵便・電話・放送などを見られた時代を知ると、現在の分野ごとのミュージアムの展示も、別の角度から見えてきます。
外部リンク
郵政博物館|逓信総合博物館からの歩み
www.postalmuseum.jp / 外部サイトへ移動します
科学館・美術館|建物と運営の判断が活動を変える
渋谷の天文博物館五島プラネタリウムは2001年に閉館しました。星を映していた投影機は保存され、渋谷区文化総合センター大和田の2階に展示されています。ドームでの投影体験は終わっても、それを支えた機械をたどることができます。
外部リンク
渋谷区|旧五島プラネタリウムの投影機展示
www.city.shibuya.tokyo.jp / 外部サイトへ移動します
真岡市科学教育センター(栃木県真岡市)は2025年3月31日に閉館しました。市の案内では、建物は総合福祉保健センターなどを複合化した「ふれあい福祉プラザ」へ用途を変えています。建物が残る場合も、以前のプラネタリウムや科学体験が続いているとは限りません。
外部リンク
真岡市|科学教育センター閉館後の施設利用
www.city.moka.lg.jp / 外部サイトへ移動します
原美術館(東京都品川区)は2021年1月11日に閉館しました。1938年築の建物を活用してきましたが、老朽化とバリアフリー対応の難しさが背景にあり、活動とコレクションは群馬県の原美術館ARCへ集約されました。訪ねる際は、品川の旧館と渋川市のARCを取り違えないようにしましょう。
外部リンク
原美術館・原美術館ARC|公式サイト
www.haramuseum.or.jp / 外部サイトへ移動します
DIC川村記念美術館(千葉県佐倉市)は2025年3月末で休館しました。その後、DICと国際文化会館は協業を進め、2026年2月には、マーク・ロスコの《シーグラム壁画》7点を国際文化会館の新西館へ移設し、新設する「ロスコ・ルーム」を共同運営する構想を発表しています。佐倉の美術館が営業中という意味ではなく、作品を別の場所で公開するための計画です。
外部リンク
DIC・国際文化会館|2026年2月のロスコ・ルーム構想
dic-ihj.org / 外部サイトへ移動します
植物園|生きたコレクションは、移して終わりではない
長崎県亜熱帯植物園は、地すべり対策と安全確保の課題から2017年3月31日に閉園しました。育成中の植物には、温度や湿度などに合う受け入れ先と、移植後の管理が必要です。植物園のコレクションを残すには、敷地の確保だけでなく育て続ける体制も問われます。
外部リンク
長崎県|亜熱帯植物園の閉園に関する説明
www.pref.nagasaki.jp / 外部サイトへ移動します
閉館後にまず動く三つの仕事
生きものの受け入れ先を探す
動物や植物の移送には、受け入れ先の設備、輸送中の負担、新しい環境への適応など、多くの条件があります。閉館日が決まっても、すべての行き先が同時に決まるとは限りません。
収蔵品と記録を引き継ぐ
美術品、標本、歴史資料は、別のミュージアムへ一括で移る場合もあれば、複数の施設へ分かれる場合もあります。物が残っても、収集した背景や展示のつながりをどう保存するかという課題が残ります。好きだった作品を探す際は、旧館名に加え、作品名・作者名・資料名でも調べると引き継ぎ先を見つけやすくなります。
地域の記憶を、別の形で残す
遠足、家族のおでかけ、初めてのデート。ミュージアムは、一人ひとりの記憶の舞台でもあります。その価値は、来館者数や収支だけでは測れません。手元の入館券、展示案内、撮影が認められた写真に訪問年月を書き添えることも、その場所を振り返る記録になります。
老朽化、災害、経営判断が重なって閉館へ向かう
閉館の理由は一つではありません。建物や設備の老朽化、改修費の増加、来館者数の減少、災害、運営母体の事業見直しなどが重なり、継続が難しくなります。生きものを飼育する施設では、閉館中も維持費を止められません。
DIC川村記念美術館のように、経営や運営方法の見直しから、作品の公開場所が変わる例もあります。閉館を一律に「人気がなかったから」と受け止めず、運営者が説明する理由と、何を引き継ぐ計画なのかを併せて読むと、その施設の事情を捉えやすくなります。
26万人の声で戻った「到津の森公園」
閉園が必ず終わりになるとは限りません。福岡県北九州市の到津遊園は、1998年に閉園方針が発表されました。存続運動では52団体から26万人分の署名が集まり、市議会も全会一致で存続を決議しました。
北九州市が施設を引き継ぎ、2002年に「到津の森公園」として再出発しました。いまも動物サポーターや友の会など、市民が支える仕組みが運営を後押ししています。
外部リンク
到津の森公園|存続運動と再出発の歩み
www.itozu-zoo.jp / 外部サイトへ移動します
開いているうちに、見て記録する
到津の森公園の歩みは、その場所を必要とする人の声と行動が、運営の形を変え得ることを示しています。普段の来館、年間パスポート、館内での買い物、活動の発信も、続いてほしい意思を伝える方法です。
気になるミュージアムがあるなら、公式サイトで開館状況を確かめ、今見られる展示を一つ選んで訪ねてみてください。展示名や心に残った資料を記録しておくと、施設の歩みを自分の記憶にも残せます。
この記事を書いた人
ペレログ編集部
ミュージアム応援アプリ「ペレログ」を運営する、株式会社つなぐるの編集チームです。ペレログ編集部では、取材と公式発表の確認をもとに、来館のきっかけになる情報をまとめています。
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